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2011年5月12日木曜日

もう7年、まだ7年

今日から遡ること2555日ぐらい前。
2004年5月12日の午後7時にいまの奥さんと出会い現在に至ります。

正確に言うとその一週間前にお互いの存在を知り、一週間目にあたる日に会うことになりました。
つまりぼくたちはいわゆる、出会い婚?ということになるわけです。

当時のぼくはそれなりに恋愛もしていましたし、仕事も私生活も充実していました。だけどなぜか孤独感を払拭することはできませんでした。
住み慣れた街を離れることや、当時お付き合いしていた女性と価値観の相違を感じながらもずるずる続けていたことが原因だったのかは分からないけれど、とにかく淋しかったなー。

刺激を求めてさまよう

職業がら出会いも少なくてもんもんとした日々と、引越しへ向けての資料作りや打ち合わせが毎日のように続いていました。
独身の身でありながら都内に新築戸建てを持つ!というのは長年の夢でもなんでもなくて、なんとなく審査したら通っちゃって、なんとなくそういうことになりました。それでもキャンセルするという手段はあったのだけど、なにか刺激が欲しかったのかもしんない。

ずるずると実のない恋愛を続けていたのも「何か」を期待してのことだったように思う。
もっとも、自分にとって守るべき存在でなかったカノジョ(自立心が尋常でない)にそんな希望が通用するはずもなく、その情熱はいつしか他の女性に向かっていったように思う。

片手じゃ足りないくらいの方と同時期にお付き合いしていた期間もある。
一般的には「浮気」になるがぼくの中では婚活に等しく、どの人とも心からぶつかっていたような記憶があります。

「記憶」があるというのは限りなくそれに近いという意味で、必ずしもそうとは限らず。つまり今にして思えば、失礼な話しこの上ないけれど、どの人とも深いところで理解し合っていなかったんだと思います。

そして現実世界に自分と理解し合える人なんていやしないんだ、と思うようになり、冒頭のメッセに流れ着いた。

出会いは必然なのかも

メッセに登録して実際に会った人は二人かな?よく覚えてないけれど、下心見え見えで接近してきたことに驚きました。
一人はただの同居目的。一戸建てに一人で暮らすことに目をつけ半年間限定で一緒に住まわしてほしいという。
もう一人も家出少女だった。おいおい。

ここにも寂しさを癒してくれる人はいないのかと思い出してきた。
なかば諦めかけていたある晩。
仕事が終わってなんとなくPCの電源を入れると、サクラに混じった一通の心惹かれるメッセージが受信箱に入っていた。

またロクデナシに違いねぇ。

そう思っていたのだがうっかり返信してみる。この際吊りでもよかろうと。
まさに運命の一投。この一通のメッセージがカノジョのもとへ届かなければぼくのいまの人生はなかった。

ハタチ過ぎから人生を共に歩んでいこうと決めた人と7年目にして離婚し、趣味に没頭し、女性に溺れ、30歳を迎えることなく死んでいくんだろうなーなんて思い始めていた矢先の出会いであった。

人生ってほんとに分かんない。何があっても楽しいものだ。
カノジョに出会ってからというものそう思わずにはいらんない。

よく言われるように山あり谷ありの人生で、カノジョと出会ってからもそれは変わらないけれど、7年間の間に家族が5人になったことは我が人生の中でも一面を飾るにふさわしい出来事。
ほんの7年前は寂しくて寂しくて死にそうだった男が、いまでは騒がしい日常の中の片隅にいること。

生まれてからいままでの幸不幸の積み重ねで手に入れた幸せ。
偶然と必然の繰り返しで出会えた幸せ。

幸せの輪に運ばれた命はもはやぼくだけのモノではないのだ。
守るべき愛しきものたちを幸せに導く責任がぼくにはある。
まったく重くはない。むしろその責任の上で軽々と生かしてもらえてる気がするのだ。


あれから、もう7年。

あれから、まだ7年。


刺激を求めたがる気質は変わってないけれど、どんなときもそばにいてほしい人がいる幸せ。
まだまだやりたいことたくさんあるよ。
一緒に経験してみたいこと山ほどあるよ。

だからもっともっと一緒にいてください。
ぼくのいまのささやかな願いです。

7年目、おめでとう。
これからも宜しくお願いします。

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